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ヨハン・セバスチャン・カンマーコーア・ヨコハマは、J.S.Bachのカンタータ・モテット・ミサ等を全曲にわたり演奏することを目的として、1986年1月に結成された。 団の名前は、ヨハン・セバスチャン・バッハの名と、ドイツ語で室内合唱を意味するカンマーコーア、団の主たる練習場所の大倉山記念館と、事務局の所在地である横浜にちなむものである。
音楽監督であった故前田幸市郎は、創団以来三年余にわたり当団を熱心に指導 し、団の基礎を築き、方向性を決定した。その高潔な人柄、高い音楽性は団員に 多大な影響を与えたが、1989年9月18日帰天。現在は前田幸市郎を桂冠音楽監督 として仰ぎ、遺志により阿部純を常任指揮者として活動を続けている。
当団の理想である室内楽的演奏を実現するため、団員募集の際には、オーディ ションを行い、ソプラノ10名・アルト14名・テノール8名・バス8名の定員を設け ている。また年間3回の定期演奏会では、一流のプロ奏者によるKMG合奏団の協力 を仰ぎ、オリジナルの楽器編成をとっている。さらにバッハ当時の演奏スタイル により忠実に、ソリストも合唱団と共に歌う形をとっている。
日常の練習では、団長をはじめとする4名の優秀なプロのスタッフにより、効 率的で充実した練習が行われている。
1988年10月には、西ドイツ・バーデンヴュルデンベルグ州フライブルグ市主催 の独日週間を中心とした、ドイツ国内数個所に演奏旅行を行った。また1992年〜1993 年にドイツ・フライブルグ・グロッタータールに第2回演奏旅行を行い、好評を博した。
1996年5月には ノイシュタット、フライブルグへ3回目の演奏旅行を行い、特に南ドイツ最高のミュンスター(フライブルグ)ではアジアでは初めてミサを歌う機会に恵まれたいへん貴重な経験をした。
2000年12月から2001年1月にかけての第4回ドイツ演奏旅行では、ヴォルフラーツハウゼン、フライブルグにて演奏会を行った。さらにバッハゆかりの地を巡る中で、たびたび演奏をする機会にも恵まれた。
2004年12月から2005年1月にかけての第5回ドイツ演奏旅行では、フライブルグ、ドルンハイムにて演奏会を行った。
| 桂冠音楽監督 | 前田 幸市郎 | |
|---|---|---|
| 音楽顧問 | 松浦 晶子 | |
| 常任指揮者 | 阿部 純 | |
| 主席客演指揮者 | 前田 幸康 | |
| 理事・団長 | 阿部 ゆう子 | |
| 理事 | 久保 晃子 | |
| 練習ピアノ | 緒形 宏子 | |
| 後援会会長 | 寺島 教雄 | |
| 副会長 | 寄立 昌孝 | 植草 立夫 |
| ソプラノ | ||
| 会田 美香 | 東 映絵 | 安達 夕希子 |
| 伊郷 京子 | 木村 恵 | 小山 睦美 |
| 土屋 葉子 | 福井 奈緒子 | 山田 明子 |
| アルト | ||
| 岸田 多希子 | 佐藤 容子 | 柴田 啓子 |
| 添田 朋子 | 千葉 真由美 | 中川 智恵 |
| 矢野 良子 | ||
| テノール | ||
| 熊谷 直之 | 鈴木 信幸 | 佐藤 徹 |
| 中川 卓也 | 山口 仁志 | |
| バス | ||
| 赤羽 正章 | 阿部 大輔 | 滝沢 伸光 |
| 桧山 努 | 三浦 貴博 | |
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